Ducati 899 Panigaleいじり

Ducati 899 Panigale いろんな意味でいじりとバイク全般

いきなり漫画の話 -バリバリ伝説- その2(第三部 WGP500編)

いきなり逆からいきます。バリバリ伝説では私が一番好きな第三部 WGP500編です。

やっぱり本当に行くんだと思いましたね。第二部で全日本GP250ccのシリーズチャンプをとり、国内チャンプ防衛ではなくそのまま世界に飛び出してしまう。漫画の連載を考えればそれしかないだろと言われますが、現実では国内のシリーズチャンプを二度三度とガッチリ防衛連覇してこそWGPへ出る資格を与えられるという流れでしたから、この特例な展開には胸が熱くなりましたね。それほど第二部の全日本編で放ったイメージは強烈だったわけで大メーカーも動かしたわけです。現在もですけど、全日本選手権で防衛連覇してから世界へ行くべきという考えと、国内でチャンプとったら即世界へ出てしまうべきという考えがあります。バイクという機械を使う競技である以上、しっかりした参戦体制(走るマシン・維持できるチーム・シーズンを戦い切るお金)で世界へ出なければいくらウデがあっても話にならないという現実もあります。どちらが正しいかは結果論でしか語れないのですが、当時は国内連覇してから世界へ出るべき(平忠彦選手が連覇していた80年台)という考えが圧倒的優勢でした。90年台からはバブルの景気も有り、一度チャンピオンとったらその勢いで即世界GPへ出てしまう、又はチャンピオン取らなくても実力さえあるならシーズン初めの日本GPでの一発勝負で世界戦で力を示してそのままGPサーカスの一員に加わり世界へ旅立ってしまう・・というイケイケな流れでした。その反面、タイミングや色々な事情からいくら速さを見せようとも、何度も全日本連覇しても世界へ出してもらえない、という不遇なライダーがいたことも確かです。世の中の多くは流れ・タイミングが大きい、どう願っても力が及ばない域もあるのだという現実を私がレースから学ばせてもらった時期でもあります。

バリバリ伝説の主人公グンはどちらかというと90年台の世界GP参戦の流れを先取りしたような参戦形態だったわけです。ホンダという大メーカーが出資支援するチームで基本戦えるレベルのマシン(いわゆる"走るマシン")を与えられて世界へ旅立つ。ちなみに、グンの参戦初年度は連載当時で実年で1988年あたりがスタートでしたが、作品内シーズンは実際の1987-89年を1シーズンに圧縮したような形となっています(作品内では19XX年シーズンと表記)。しかし作品内で移りゆくエピソードとマシンの変化を見ると1987-89を引用したシーズンとわかります。

圧縮したシーズンであるというのは、エピソード面からいうと参戦初期は1986-87の雰囲気の中でグンが走り始める頃です。予選ではルーキーながら驚きのタイムを出して見せるも、決勝となるとスタミナ・経験不足でトップ集団はあっという間に逃げ、中位での激しい争いに終始します。F.スペンサーが出なかったのは現実にアノ病気(?)によりシーズンを長期離脱していた頃と重なったのり、いきなりスペンサーではハードル高すぎて少し酷なのではないかという見方、また後の激闘の89シーズンを引用する上でスペンサーの存在は消してしまったという考えもあったのではと思います。実際にスペンサーが現れたらグンはどうなってしまうのかというのも見てみたいものです。

シーズン序盤、前記したようにグンはレースで中位争いに苦しみます。この展開はどの国のライダーも実際の世界GP参戦で必ず陥る現象です。ここから抜け出せるかどうかがコノ後の世界GPライダーの人生に影響してくるわけですが、グンもやはり捕まってしまいます。ここはグンでさえもそうなのか!という妙なリアリティを感じます。しかしグンはその中位争いの中では着実にGPライダーとしての速さ・強さというものを学習し、確実に強くなっていきます。周囲の外国人ライダーもグンをあしらいながらも、東洋の国からやってきた大したことのないライダーという見方から「コイツはちょっと違う・・」という違和感・脅威を感じさせ始めます。

チームのサブメカニックである太田が中位争いをするグンを賞賛します。しかしチームのチーフメカ島崎の諭すように語ったセリフ「この結果に日本のレース雑誌は派手に書き立てるだろうな、大健闘ってね・・。だけどな太田そんなのはウソッパチさ。そんなもんじゃない・・俺たちのグランプリは!!」自身でも世界GP参戦経験のある島崎のこのセリフの意味、いろんな意味で重いです。世界GPに出て、6位くらいに入って、それでよくやったと喜んで、そこで終わってて良いのか?中位の有名なライダーと互角に戦って、それは凄いことだがそれで満足!?世界戦に出るってのはそうじゃないだろうというメッセージ。当時の日本のレース界にあった「まあ、世界ではこんなもんだ」と思い込んでしまう負け犬根性のような風潮を痛烈に非難したセリフだと思います。だから日本人ライダーは世界に出ても勝てないんだ、速いのはバイクだけだなどと外国にナメられるんだ。これは俺たちの世界への宣戦布告なんだと。「いいか、これを漫画の中の話などと思うな!」という我々、読んでいる側への宣戦布告にも見えます。仲良しになりに行くのではない、喧嘩をふっかけて勝ちに行くのだ!そういう熱いメッセージを感じます。

しかしこのWGP編、しげの誌はもう隠す気もなく、当時出ていた雑誌(今もあるのかな)グランプリ・イラストレイテッド誌の写真からの作画を作中で用いるようになります。グランプリ・イラストレイテッド誌はそれはそれは美しいWGPのレースの写真を載せている雑誌で、当時ではWGPの様子を伝える貴重な情報源でした。文字情報は少なく、写真でありのままを伝えるというスタンスです。

素人目にもこのアングルのこのウイリーは明らかにイラストレイテッドから借用した!と分かる内容でした。しかし、私はしげの氏を賞賛したい。グランプリ・イラストレイテッドの写真を実際に動く映像として我々に送り届けてくれたのはしげの氏である。私の中ではバリバリ伝説の中のレースの画は確実に動いています。普通の人には分からないだろうけど実際の映像のように確実に動いて見えています。バイクがウォブルを起こしている様子もスライドして暴れている様子も、猛然と加速してダッシュしていく様子も・・。イニシャルD新劇場版ではしげの画を劇画タッチのままCGで動かしていましたがあんなかんじです。アニメCG技術も発達してバイクの走行作画もできるはず・・そろそろバリ伝もCGアニメ化してみてほしい。手描きの頃のアニメ作品は私にとっては酷い出来だったので。

それと、バリ伝とかの走りを頭でイメージしてそのとおりに走ろうとするのは非常に良いトレーニングだと思うんですよ、突然ですが。バリ伝の画が頭の中で動いていれば、走っている景色がそのままアレに見えますし。作中では加速する音、ブレーキングの音、バンクする音、切り返す音、いろんな擬音が使われていますが、その擬音がバイク乗りにとってあまりに的確なものですから実際に走っていてその音をイメージすることで走りを組み立てることも出来ます。

(6速で走ってくる)トアーーーーッ!!(ブレーキング)ぎゅいーーーっっ!!(三速落とす)ターンターンターン・・・ッララァァァ くいっ(膝を出す)ぐーーーーーっ(ホールドを解き抜重して倒しこむ)ぺかんっ!(フルバンク) ゴンゴンゴンゴン(旋回中) ッタラァッ!(アクセル微開)ッララララァァッッ ぐういっ(二次旋回) ぐうっっっっ(起こしながらワイドオープン)ッタアアアアアアアア!!!(4速)ッタアアアアアアアアア!!(5速)ッタアアアアア(6速)ッタアアアアアアアアア!!・・・・スパッ(切り返し)

イメージトレーニングはもちろんですが、実際に気持よく走っている時もこの音は頭の中で響いている事が多いです。はい真面目な話です。ですので、ライディングがうまくなりたい場合はバリ伝かあいつとララバイを画が頭のなかで勝手に動き出して仕方がないくらいまで読み込んでみることも一つの策としてオススメしたいです。はい真面目な話です。最近だとレースのビデオなんか簡単に見られますから当時に比べれば参考になる練習材料は多いですね。私の場合、バリ伝の影響でエンジン音はどうしても基本2スト音になります。しげの作品はよくページ一杯に歓声とか排気音でアアアアアアとか書かれていますが、あれも全部周囲の環境音となって聞こえます、簡単にスルーしてはいけません。

 

涙腺崩壊泣けるシーンなどもう数多ありますが、パッと挙げるならホッケンハイムの悲劇、ラグセナセカの激走・和解、最終戦日本GPの奇跡ですかね。

ホッケンハイム・・今のような短縮されたコースではなくて、はるか森の奥まで行ってスタジアムセクションに帰ってくる旧コースですよ。予選で脅威の区間タイムを記録しながらも強烈なハイサイド転倒で幻のコースレコード(この頃まだマシンは型落ち'86NSR)、手の怪我を押して出た決勝でタイヤの賭けに出たグン、同じく賭けに出ていたウェット路面を得意とするクリスチャンサロンが脅威を感じるほどの追い上げを見せる中、遂に訪れるラストチャンス・・優勝しか望まないグンはクリスチャンサロンのイン側へ決死の思いでマシンを滑りこませるも・・コースアウト、もう限界に来ていた右手は暴れるマシンを抑え込めずに・・ドンッッ!!

 

ガンボーイ転倒!!ガンボーーイクラッシュ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

非情・・あと少しで勝てたのに・・。皆が唖然呆然とする中、あと少しだと思っていた初優勝は消えました。激痛が走る手を抑えたままユラリと立ち上がるグン、私はここを読むたびに天を仰ぎます。床屋の待合室でたまたま置いていたバリ伝を手に取り、いけないと思いつつここを読んでしまいました。案の定、目を潤ませ鼻をズルズルさせたまま床屋をしてもらうことになりました。もう思い出しながらこれ書いてる時点で泣いてます。次々と後続のライダーが追い越して行く中、やっとマシンを起こしグンはスタジアムセクションを周り目前のゴールを目指すため走りだします。

ガンボーイ!!ガンボーイ!!ガンボーイ!!ガンボーイ!!ガンボーイ!!

コースを取り囲むスタジアムスタンドからグンのチャレンジを賞賛する観客からのガンボーイコールが湧き上がります、それがスタジアム全体を包む歓声となって痛みに耐え必死にゴールするグンを迎え・・。やっとフィニッシュラインを超えるも、精魂力尽きたグンはピットウォールに寄り掛かるようにしながら転倒、予選3位、決勝転倒の末7位入賞・・なんという幕切れでしょうか。深い溜息が出ます。

この後に日本人ジャーナリスト(最後まで名前出てこなかったような)が語る「GPには強烈な魅力がある。一度魅入られたら全てをなげうってでもこのムードの中に身を置いておきたくなるような魅力があるんだ。」という言葉に完全同意せざるおえませんでした。

ラグナセカの激走・和解。

終盤のアンダーストープ戦にて、最強の武器ガンボーイSPのNSR500('89ベース)を取り上げられてしまった事もあり(代車は使い尽くした'86NSR500)、レース中の我を失ったあまりに必死なアタックのためにライバルであるエディー・ローソンをアクシデントに巻き込み転倒・骨折させてしまい、危険なライダーとしての烙印を押されてしまったかのようなグン。自分の走りがただ危険とだけ判断され、自分の求めていた速さを求めるWGPという場への失望感で若さもあり自暴自棄となり次戦のアメリカ・ラグナセカ戦はバックレ(欠場)ようとするグン。

ちなみにこのアンダーストープの事はあの有名なケニーvsフレディーでのアンダーストープ事件へのオマージュであることは明白すぎる事実ですが、私はある一つの事を思っています。それはグンがノービス時の四時間耐久レースの時の出来事です。有名なラストの130R事件、勝ちに必死になったグンは3台のイン側へイン側ゼブラへ乗り上げながら突っ込むという度肝を抜く決死のラストアタックで勝利をもぎとりました。あのアタックは結果的に勝利に結びついたためアリとはされましたが、冷静な目で見て実際のレースでやったら明らかなコース逸脱の危険行為で、事実転倒した上位のマシンもあり、本当は失格とされるような行為であると思われます。しかしそこは漫画であるがゆえ「アリ」とされバリ伝の初期の名場面として殿堂入りしておりますが、ここの件でしげの氏は少し後悔していたのではないでしょうか。これは私見ですが、その後の全日本編でもグンがライバルのマシンに激しくぶつけ・ぶつかられながらバトルをするシーンがあり、少しレース界全体に「突っ込んだ者勝ち」「相手に当てても勝てばOK」という変な空気が少しあったようにも思えたからです。あの当時バリ伝の影響力は凄いですから、バリ伝の影響でレースをはじめた人も大勢いたので影響があってもおかしくありません。もちろん、あの描写はハイレベルな争いの中での軽微な接触も互いの信頼関係の中なら成立、という意味で描かれたものではありますが、曲解されてしまいノービスクラスのようなレベルでも「少し故意にぶつけに行っても勝てばOK」みたいなルールとして理解されてしまっていたフシもあります。これに対して、しげの氏は予想以上の影響力で「しまった」と思ったのではないでしょうか。その為、アンダーストープでグンが理不尽にも罰せられる姿を見せて「そうじゃない、本当はこうなるんだ」という訂正と、過去に描いてしまった贖罪も行いたかったのではないかと。これはあくまで私の妄想ですが。

脱線しましたが、グンはバックレ実行中に日本に帰国し懐かしき一ノ瀬レーシングのガレージへやってきます。ガレージの懐かしさの中で色々と思いながらまどろむグン。そこへグンの意識の中へ彼が現れます、そうかつてのライバル聖 秀吉です。私は幻と分かりつつも秀吉が登場したことに震撼したのを覚えています。あの頃のヘルメット・ツナギのまま、あの頃のカタナと共に・・。秀吉はグンに語りかけます。「ノッポ、どうしてアメリカに行かないんや?」グンは不思議と素直に語りだします。「そんな単純じゃねえんだよな・・」 そんなウジウジするグンに秀吉が強烈にシンプルに言い放ちます。「単純やないけ!速い者が勝つ!それがレースや!」。グウの音もでません。なんでしょう、私もかなりグサッとくるんですよこの言葉。べつにグンみたいにレースとかしてるわけじゃないのに。グンと同じ気持になるんですよ。気がつかないうちに、いろいろ考えすぎているからかな・・。言っているのは、秀吉の姿をした「あの頃の自分」なのかもしれないですね。

気を取り直したグンが呟きます「だれよりも速く・・昔からなにも変わっちゃいないよな・・」。最高にグッときます!!しばらく忘れていた、第一話で出てきたあのセリフです。何もかわっちゃいない、だれよりも速く!!言葉を残して秀吉は静かに消え去り、思い直したグンはアメリカGPへ赴く決意をします。本当にこのシーンは涙腺が耐えられないですね。アメリカGPへ行くグンは自分がヒール(悪者)になっていて危険だからフィアンセの歩惟ちゃんを置いていこうとするタコッぷりを発揮します。そんなグンに歩惟ちゃんは「それでも一緒にいたい、一緒に行きたい!」と懇願、グンは自分のタコッぷりを認識して了承し歩惟ちゃんもアメリカGPの場へと連れて行きます。けなげな歩惟ちゃんの成長に男親のように男泣き、しかも歩惟ちゃんがアメリカGPで放つ大ファインプレーへの布石。もうこのへんのストーリー組み立て、しげの氏神がかっています!!なんなんでしょうか、もう映画です。アメリカGP決戦へと向けて気分はどんどん高まっていきます。

アメリカGP現地ではやはりヒール扱いとなっているグン。脅威の予選タイムをマークするも称賛の声は少なく、ジャッ◯カエレコールが会場に響き渡ります。「なんだよ!!」と日本人としてのこっちの感情も思わず高ぶっていきます。喧嘩腰な雰囲気が作品中にもビンビンと立ち上ります。このまま決勝レースも最悪な雰囲気の中で行われるのかと思いきや・・。

そんな雰囲気を一変させるような、歩惟ちゃんの大ファインプレーがやってきます。やはりこの娘は女神である。そう思わざるおえない。あんなことをするなんて、あの悪漢どもに「出て行け!!」と私も叫びたくなりますね。そして変わったのはグランドスタンドを埋め尽くす観客も、全てが全てグンを単純に危険なライダーとは捉えていないということでした。同じアメリカ人が起こした悪い事には悪いという正々堂々としたアメリカ人の観客の姿に、こちらも少し心打たれはじめるのです。こちらも喧嘩腰で接していたアメリカ人に対する腹正しい見方が少し変わってきます。

決勝レースがはじまると、グンはまたやらかしてしまい、ライバルと共に最下位からの追い上げを開始します。地元ヒーローを巻き添え最下位にされ、アメリカ人達は大激怒。グンに罵声を浴びせます。そんな中、脅威の追い上げが開始されます。ジリジリとしかし確実にトップ集団を追い上げていくグン、全力で逃げるワークマシンのトップ集団を追い上げるという少し現実ではありえないですが俺達のアメリカGPにそんな無粋なツッコミはもうイイんです。グンの脅威の追い上げにギャラリーのアメリカ人たちも「なんか・・コレって凄くない?」と少し戸惑いながらもグンを認め始めます。そして遂にトップに浮上、ライバルとのトップ争いのマッチレースが開始されます。コースレコードを記録しながらのマッチレース、観客は半狂乱になりながらレースを見守ります。しかし、どうでしょう。そこで争われるレースは全くクリーンで且つスリリングな内容だったのです。アメリカ人の観客はみんなグンが危険なライダーであることなど忘れて素晴らしいレース展開に没頭していきます。観客の日本人とアメリカ人同士も、互いの国のヒーローの凄さを認め合い、互いにエールを送り合います。そうお互いに分かり始めたのです。ただただ凄いんだと。自分が抱いていたイメージが決めつけであり誤りだったと認め、相手を理解しはじめたのです。

そしてレースの終結、勝利したグンは観客の前で喜びを爆発させます。その姿は興奮したアメリカ人観客を刺激し、またもグンに対するブーイングの嵐になってしまうかと思いきや・・。沸き起こったのは敗北したものの自国のヒーローを称えるコールと、そして渦のようなガンボーイコール。憎き敵だったはずのグンに対する賞賛のコール。

ガンボーイ!アンダーソン!

ガンボーイ!アンダーソン!

ガンボーイ!アンダーソン!

ガンボーイ!アンダーソン!

 

何度読んでも感動で体が震えます・・・・!!

グンの素晴らしい走りは観客にグンの本当の姿を伝えたのです。汚い手を使う危険なライダーなんかじゃない、正々堂々と戦う強いライダーだったのだと。そして認めてくれた・・。

読み終わると、ただただ、涙です。アメリカGP。

 

 

最終戦 日本GPの奇跡。

 

「99%掴んだぞ 世界タイトルを!」

 

「フロントサスペンションはフルボトム!!ローターが火を噴く!!」

 

 

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

巨摩郡選手は、ワールドグランプリの500ccクラスでシリーズチャンピオンを獲得した最初で最後の日本人です。」

ゼッケンは56でした。

 

2015年現在、それ以来、日本人はオートバイレース世界選手権最高峰クラスでチャンピオンを獲得していません。

 

 

-事実記載終了-